2 posts tagged “開高健”
ふつうの作家が十の形容詞から一つを選んで使うとすれば、開高健は三十
くらい並べた中から最適の一つを選ぶ。
派手といえばまさに派手な文体。ちょっと引用するから、心して読んでみ
てほしい——
「こちらの窓のかなたには塹壕(ざんごう)と地雷原、それをこえてゴム林、
国道、とり入れのすんだ水田などが見える。
あちらの窓のかなたには水田、叢林(そうりん)、ゆるやかな丘、そして
果てしないジャングルである。
ジャングルは長城となって地平線を蔽(おお)っている。
その蒼暗(そうあん)な梢(こずえ)に夕陽の長い指がとどきかけている。
農民も子供も水牛もいない。
謙虚な、大きい、つぶやくような黄昏が沁(し)みだしている。
その空いっぱいに火と血である。
紫、金、真紅、紺青、ありとあらゆる光彩が今日最後の力をふるって叫ん
でいた」って、ずーっとこういう感じ。
写真家にはフィルムしかないし、作家には言葉しかない。
見たものを、その驚きを、なんとか伝えようとすると、こういう風に言葉
をせいいっぱい駆使することになる。
夕日一つだけだってこのくらい手間がかかる。
まして戦争だよ。もっともっとすさまじいものを山ほど見せられる。
知的な処理能力をはるかに超える量の現実が押し寄せる。
その果てのあっぷあっぷがこの小説だ。
だからジャーナリズムの仕事を超えて小説になってしまった。
彼が得たのは情報ではなく心身の体験だった。
ぜったいに決まり切った表現に落ち込んではいけない。
そんなもったいないことはできない。命がけなんだから。
実際、サイゴンからまた戻った戦場で彼は戦闘に巻き込まれた。
生存率8・5パーセントという激戦から生還した。
池澤夏樹

"一言半句の戦場 -もっと、書いた!もっと、しゃべった!" (開高 健)
めざましい文章に出会うと小説家は”活字が立ってくる”というのである。名著とは活字の立つ本のことをいうのである。活字が寝たままの名論だの、卓説だのはあり得ない。
外国人が或る国へいってすぐれた記録を書きのこすためにはどういう条件が必要かと考え、いろいろな実例を思いだして、一つ一つ消去していったら、結局のところこれだけがのこった。外国語ができること、その国の歴史や習慣に通じていること、よい眼、長い足、体力、気力、そのほかさまざまな記録家の条件を考えたが、絶対条件としては、その国が思いつくまま自由に歩けるということがなければ、どうしようもあるまい。都から二十キロ外にでるときは申請書を提出せよというような規制があればマルコ・ポーロもスウェン・ヘディンも、手のだしようがあるまい。
小説でも記録でも、もっとも衰えやすく風化しやすいのは形容詞である。そしてもっとも堅固で耐久力があるのは事物の背後にある本質をとらえた風俗(広い意味での)である。
記録家は「好み」にあわせて実在する事物の群れを切りわけたり交通整理したりすることを許されない。これがむつかしいのである。これがむつかしいのである。すべての人は自分の考え、自分のイマージュ、自分の光、自分の眼鏡を持っていて、それで現実を眺めるよりほかならないのだが、小数のすぐれた人は眼鏡からハミだす事物に遭遇したとき眼鏡の枠の大きさの部分だけを眺めるということをしない。たいていの人が眼鏡をはずそうとしないのはそれが新しい力を使わなくてすむからであり、また、自分の明知をひそかに誇りたくて自尊心を侵されるのが不快だからである。文字で白いページにこう書きつけるのはじつにやさしいことだが、紛糾、錯雑をきわめた異国の町角の群衆、その汗や息の匂いや声の海のなかでもまれながらこれを空しうることは、じっさい、容易ならぬことなのである。
文学は身持ちのわるい女に似ている。
年をとるほど尊敬される。といったのは、いつも鋭くて広かったサマセット・モームである。警句の真髄の工夫はいつも前提にあって、結論は凡庸である。凡庸でしかあり得ない結論をひきしめ、鞭うち、ピリリとさせるために、前提のコトバを、たたきだす、という口調ですえつけねばならない。そういう呼吸をわきまえつくしていたのがモームであった。
書いた人が自分でエラク感動して書いてるんだが、それが全然読むこっち側に伝わってこないケースがありますね。
ハンティングの世界でいう”犬が落ちた”という状態やね。
だから、常にヤジ馬精神というか好奇心、探究心、そういったもの、要するに心のバネね、こいつを持っていないと”落ちた犬”になってしまう。
心にバネがないと、第一、物事に対して「あっ!」といった驚きがないようになる。せっかくの素材に出会うても、当たり前や、と思うようになる。もう、こうなったら書けませんな。書く必要もないしね。
要するに、前にも言ったけど、ボケてない心の自由が開かれていなきゃいけません。
そのためには、いつも、自分に徹し、自分を捨ててなきゃならない。そうでないと、物をながめる、観察するなんてことができない。だから、そういうことになってくるとノンフィクションもフィクションも、批評という活動も同じやね。「私に徹しつつ、私を捨てること」。
原則は一つです。
「失われて行くものを求めよう・・・」
という、このこと一つになりますね、旅は。
しかし、好奇心の鬼であって慢性・終生の刺激飢渇患者である日本人は、いつでも、どこにいても、ジッとしていることができないのだ。働くことでも遊ぶことでも、どちらでもいいのだ。日本人をかりたてるのは運動のエネルギーであって位置のエネルギーではない。
やっぱり”いいものは稀である”の古今の原則通りです。ことにスープのことを考えてみると、皿に入って出てくるときは深さが1センチが2センチなのに、裏方のキッチンではギョッとなるような大鍋で骨、肉、野菜、スパイスなど莫大な多種多彩ぶり。それをたっぷり時間をかけてコトコトぐつぐつ。そのあげくにやっと出てきた1センチか2センチなんですが、それぐらい何もかもをかけた結果としての文章といえるものが、なかなか見当たらない。
自信は無知の私生児である。
官能は一つのきびしい知性にほかならない。
開高健は諧謔の人だった。言うまでもなく、諧謔とは気質から来るだけでなく、知性に裏打ちされてなければ諧謔たり得ない。