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ある秋の夕暮れのこと(この話を特別扱いするのを許してほしい)、ごくふつうの秋の夕暮れ(僕は十一歳になっていた)、何の準備もなく、前触れもなく、驚くほどあっけなく抒情詩の女神エウテルペが僕たちの家に姿を現した。それはその季節唯一の大事件で、そのよどんだ秋の現状に差し込む唯一の光だった。僕は台所の木箱の上に横になり、退屈な秋を眠ってやり過ごそうとやっきになって、頭から毛布をかぶり、将来を、愛を、禁欲的に考えることで、飢えをしのごうとしていた。飢えは繊細さを生み、繊細さは愛を生み、愛は詩を生む。そして僕の愛と将来についての漠然とした認識は、輝かしい、めくるめく色で描かれた世界地図となり(父の本の付録)、手の届かぬもの、絶望となった。旅だ。恋だ。ああ、アフリカよ、ああ、アジアよ、ああ、遥かなる彼方よ、ああ、我が人生よ。瞳を閉じた。ぎゅうっと、痛い程固く閉じた瞼の下で、灰色の現実は空想の炎とぶつかり、茜色に輝いて燃えあがった。それから黄色、青、紫に溶けていった。ほんの一瞬、点が開かれ、ファンファーレが鳴りわたり、僕はお尻を出したかわいい天使たちが、蠅のように羽をはばたかせ、天国の茜色に輝く焦点のまわりをちらちら舞うのを見た。だが、それは、言ったように、ほんの一瞬だった。それからすぐに、深みに向かって、僕はまっさかさまに落ちはじめたが、それは夢ではなかった。僕のうちに、何か素晴らしい、すべてを包み込むリズムが刻まれ、ヘブライ語を語り出した霊媒みたいに言葉が口をついて出てきた。それは本当に何か不思議な言葉で、それまで聞いたこともない音でいっぱいだった。最初に僕を襲ったぞくぞくするほどの興奮がおさまってからやっと、僕はその意味について考えはじめ、音楽とリズムの揺らめく表面の下に、ごくふつうの言葉を見つけた。それは父が歌っていた舟歌にそっくりだった。
"未知の贈りもの―自然と超自然の間 (1979年)" (ライアル・ワトソン)
自分の今までの世界観では対処できない何ものかに出会った時に、どのような態度をとるか。頑なに拒絶してしまうのか、それとも、心を開いて受容するか。その魂の態度に、人となりが現れる。
南アフリカ生まれの生物学者ライアル・ワトソン。
家は大きくなったが、家族は減った。
どんどん便利になったが、余暇は減った。
学位は取ったが、感性は鈍った。
知識は増えたが、判断ができなくなった。
専門家が増えた分だけ、問題も増えた。
薬は増えたが、健康だと思う人は減った。
-ダライラマ
神田の熱気球太平洋横断の試みは、自分にとって冒険とは何かを考える一つの転機だった。世間は時折僕のことを「冒険家」と呼ぶ。さまざまな場所で繰り返し発言してきたことだが、ぼくは自分のことを冒険家だとは思っていない。もっと断定的に言うならば、ぼくは冒険家になろうと思ったこともないし、なりたいとも思わない。自分が今までおこなってきたことは自分にとっての個人的な冒険であったかもしれないが、神田のように、ある世界のなかで未知のフロンティアを開拓してきたわけではなく、まして前人未到の地に足を踏み入れたわけでもない。他人にもてはやされるような、いわゆる”冒険行”など、僕は一切おこなっていないのだ。
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遠征の過酷さや道程での苦労が知られることによって、その人物はいつしか冒険家や探検家と呼ばれるようになっていく。でも、それは世界地図にまだ見ぬ空白があった時代に行われた、本当に未知のものを探求するための挑戦とはまったく別のものではないか。
先ほど「現代の冒険」ではなく、「近代の冒険」という言葉を使ったのには理由がある。植村直己やライホルト・メスナーの時代に、地理的な冒険は終わっている。そして、その瞬間、冒険家という存在自体もありえないものになったと僕は思う。
昔と今とでは肉体的、地理的な冒険は、その意味がまったく異なってしまったからだ。
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"知識と体と技術を最大に活用し未知の世界を探求し、彼らがみつけたものがそのままあたらしい世界となる、かつて冒険者といわれたものは、現在では科学者とよばれている人たちのなかの一部にいるのだと思う。
かつて冒険家とよばれた人たちが踏み出したのは、現代でいうと星間飛行できる宇宙船にのってその先へ進んでいくことと同じ感覚であったのであろう"
http://www.wholeearth.com
オンラインで全文がみれる。
神秘的に上澄みをとられた宇宙を構成する要素として、色あせた蒸気、潮と石の殿しかもはや残っていないとき、自分の体が失われていることに僕は気づく。愛にも人間的な活動にもこと欠いて僕は体を使うことさえできない。
すると、思考はうだうだと反芻しはじめるのだ。過去とか、未来とか、自分のものであるかもしれない未知の力とか、もう不可能だけれど可能だったものとか、存在しなかったものとか、まだ自分の支配下にあるもののことを。可能性として存在する事物に従って生きるような生き方は、退屈の所産である。
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僕に詩情と救済に満ちた旅行を描いてみせるのはもうやめてほしい。改訂とか、次々と通り過ぎていく国々とか、森、山脈、万年雪に覆われた頂上や三十階建ての建物の前に立つ奇妙な衣装を着た人たちを描くのはもうやめてほしい。
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作るということは何かを完成させるためのものであると同時に、自分のまわりにある様々なものを再解釈するための行為ではないでしょうか。モチーフを要素ごとに分解して認識し、自分なりに理解する。そしてそれを自らの経験と知識、閃きによって再構築していく。だから新しい作品を作るということは、新しい視点を作り出すことになりますし、それによって世界は一変する可能性があるのです。

"地球温暖化は止まらない" (デニス・T・エイヴァリー, S・フレッド・シンガー)
地球温暖化をめぐる議論は多種多様だけれど、大きくは次の三流派に分かれる:
1.地球温暖化は確実に起こっていて、人間によるもので、いますぐ二酸化炭素排出を止めないととんでもないことになる。
2.温暖化はしているし、人間のせいだけれど、そんなに大騒ぎするほどのことはないので対策もゆっくり考えればいい。どちみち二酸化炭素排出はすぐには止められないし。
3.温暖化はしているが、人間による部分はそんなに大きくない(または未知の部分があまりに多い)から早急な対策はやめるべき。
本書はこの3の立場を明確に採用し、その見解を集大成した一冊である。
地球温暖化の議論について理解しておくべき、まったく議論の余地のない事実を確認しておきたい。
(i)地球の気候の仕組みは未知の部分が多いこと。
地球の気候はやたら複雑であり、基本的な仕組みについてすらわからない部分が多い。
(ii)コンピュータのモデルはあやしいこと。
複雑なモデルによる長期予測というものの危うさは、自分で何であれ予測モデルを作ったことがある人ならみんな知っている。二十年後の日本のGDPや株価でさえ、誠実に自信を持って予測できる人はいない。まして、もっと複雑で未解明の気候モデルとなると、100年後の予測ができる?ご冗談を。
(iii)人間がいなくても気候は変わってきたこと。
氷河期と間氷河の繰り返しは言わずもがな。もっと最近でも、中世温暖期や小氷河期が、人間の営みとはまったく関係なしに起こっている。
(訳者あとがきより)
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IPCCの主張は、ベン・サンターが最初にIPCCの1996年報告の科学巻を書き換えた時点で信用できないものになったし、いまだに信用できないままだ。
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IPCCとアル・ゴアの映画によって過度にCO2に対する危機感を持ってしまているけれど、
地球温暖化に対してどのような考えや活動を行っている人も本書のような議論を読んでおくべきだとおもう。
海面上昇や、水食料危機、疫病、大規模な絶滅など、よく耳にする温暖化の悪影響に対して十分な論文とデータを元に反証を示している。
番組企画のポイントは「あっ、へぇ、ほぅ」の三つの言葉にあるという。「あっ」というのは、人が驚く事実のこと。企画にはまず、「あっ」と驚くような事実が必要だ。次の「へぇ」というのは、ひその事実を裏付けるもの。事実の裏付けをきちんと取材していれば、人々は「あっ」となった次に、「へぇ」と思う。三番目の「ほぅ」というのは、そのことが人々を納得させ、感動させるかどうか。「あっ」と驚いた事実、そして「へぇ」と感心させる取材、「ほぅ」ということでみている人たちを納得し感動させる、それが番組企画の採用不採用のポイントだという。
ー元NHKプロデューサー萩野靖之





