9 posts tagged “アート”
すばらしい。
http://playingforchange.com/
一度も会ったことのない世界中のさまざまな人が音楽を共演すること私達が協力することでこの世界のために何かできるはずだというすばらしい企画。ヒマラヤ、インディアンリザベーション、アジア、南アメリカと世界中を旅して無名のストリートミュージシャンの音楽を集める。
http://www.hibiya-patio.jp/theo/
http://www.shiffman.net/teaching/nature/
おもしろい
Kinetic sculpture at the BMW Museum
714個の金属球をコントロール。
誰もが知っているように、すべての創造行為で最後に問われるのは、つくる能力より、むしろ「感じる能力」です。音楽において決定的な力は、演奏する力ではなく聴く力だし、写真においては見る力です。環境問題も、環境そのものの問題というより、環境と自分の関係性をめぐる、感受性の問題ですよね。
人が真にクリエイティブであるためには、「生きている世界」をビビッドに感じつづけていることが、まず何よりも必要だと思います。ほおっておくと、つい当たり前な出来事の積み重ねとなって精細を欠いてしまう日常生活を、いきいきとした新鮮な世界経験に転化していく仕掛けが、いたるところに必要だと思うのです。
私ははじめてインターネットに触れた時、ものすごく感動しました。どんなページよりも、インターネットという大きな仕組みそのものに感激したのです。「これこそデザインだ!」と思った。デザインとは色や形ではなく、人の世界観を拡げる仕事でしょう?
あらゆる近代のシステムには、洗練されていくに従ってインフラや構造を隠蔽し、ブラックボックス化してゆく傾向があります。しかし、それは本当の洗練なのでしょうか。
デザインの最大の目的は、人の「生きる力」を最大限に引き出すことだと思います。しかし、近代はこうしたブラックボックス化を通じて、人々を「生きる人」でなく、単なる「ユーザ」や「消費者」に限定してきました。これは、人間をスポイルしてしまう行為だと私は思います。
インタラクションデザインが究極的に目指す地点は、「そのものになる」という全体的な経験のデザインでしょう。私が考えるインラクティビティとは、ユーザが何か働きかけると、何か別のイベントが起こるといったことではありません。「そのものになる」という経験です。
「デザインとは、インターフェイスすることであって、インターフェイスをつくることではない」ということ。「インタラクションデザインの究極の目標は、『そのものになる』という経験のデザインである」こと。そして、「そのインタラクションが完成した時、『ユーザ』という概念は消失する」ということです。
ユーザとデザイナーという二分。ユーザとモノという二分。このような分離のない、全体的な経験をデザインすることが重要だと思います。より具体的に言えば、「ユーザ」という言葉をデザインの過程で使うことに、警戒心を持つべきです。
-西村佳哲
http://dp.idd.tamabi.ac.jp/dsc/
「ライブコーディングというものを、ここ何年か探求してい ます。リアルタイムにコードを操作することで音を出し、パ フォーマンスをします。ライブコーディングをすることで、 楽器を演奏することとコードで演奏することが、どこが同 じでどこが違うのか考えてみたい。
-久保田晃弘