ふつうの作家が十の形容詞から一つを選んで使うとすれば、
ふつうの作家が十の形容詞から一つを選んで使うとすれば、開高健は三十
くらい並べた中から最適の一つを選ぶ。
派手といえばまさに派手な文体。ちょっと引用するから、心して読んでみ
てほしい——
「こちらの窓のかなたには塹壕(ざんごう)と地雷原、それをこえてゴム林、
国道、とり入れのすんだ水田などが見える。
あちらの窓のかなたには水田、叢林(そうりん)、ゆるやかな丘、そして
果てしないジャングルである。
ジャングルは長城となって地平線を蔽(おお)っている。
その蒼暗(そうあん)な梢(こずえ)に夕陽の長い指がとどきかけている。
農民も子供も水牛もいない。
謙虚な、大きい、つぶやくような黄昏が沁(し)みだしている。
その空いっぱいに火と血である。
紫、金、真紅、紺青、ありとあらゆる光彩が今日最後の力をふるって叫ん
でいた」って、ずーっとこういう感じ。
写真家にはフィルムしかないし、作家には言葉しかない。
見たものを、その驚きを、なんとか伝えようとすると、こういう風に言葉
をせいいっぱい駆使することになる。
夕日一つだけだってこのくらい手間がかかる。
まして戦争だよ。もっともっとすさまじいものを山ほど見せられる。
知的な処理能力をはるかに超える量の現実が押し寄せる。
その果てのあっぷあっぷがこの小説だ。
だからジャーナリズムの仕事を超えて小説になってしまった。
彼が得たのは情報ではなく心身の体験だった。
ぜったいに決まり切った表現に落ち込んではいけない。
そんなもったいないことはできない。命がけなんだから。
実際、サイゴンからまた戻った戦場で彼は戦闘に巻き込まれた。
生存率8・5パーセントという激戦から生還した。
池澤夏樹