http://wiredvision.jp/blog/yamaji/200907/200907031401.html
化石燃料の枯渇が迫っているが、自然エネルギーだけで今の世界経済を支えることはできない。理想のエネルギーと言われる核融合への道もまだ遠い……。だが
今、エネルギーや資源の問題を一挙に解決するかもしれない研究が進んでいる。その鍵はマグネシウム。海水に無尽蔵に含まれるマグネシウムを取り出し、エネ
ルギー源として利用。生じた酸化マグネシウムは、太陽光レーザーを使ってマグネシウムに精錬する。この壮大な計画に取り組むのが、東京工業大学の矢部孝教
授である。
ふつうの作家が十の形容詞から一つを選んで使うとすれば、開高健は三十
くらい並べた中から最適の一つを選ぶ。
派手といえばまさに派手な文体。ちょっと引用するから、心して読んでみ
てほしい——
「こちらの窓のかなたには塹壕(ざんごう)と地雷原、それをこえてゴム林、
国道、とり入れのすんだ水田などが見える。
あちらの窓のかなたには水田、叢林(そうりん)、ゆるやかな丘、そして
果てしないジャングルである。
ジャングルは長城となって地平線を蔽(おお)っている。
その蒼暗(そうあん)な梢(こずえ)に夕陽の長い指がとどきかけている。
農民も子供も水牛もいない。
謙虚な、大きい、つぶやくような黄昏が沁(し)みだしている。
その空いっぱいに火と血である。
紫、金、真紅、紺青、ありとあらゆる光彩が今日最後の力をふるって叫ん
でいた」って、ずーっとこういう感じ。
写真家にはフィルムしかないし、作家には言葉しかない。
見たものを、その驚きを、なんとか伝えようとすると、こういう風に言葉
をせいいっぱい駆使することになる。
夕日一つだけだってこのくらい手間がかかる。
まして戦争だよ。もっともっとすさまじいものを山ほど見せられる。
知的な処理能力をはるかに超える量の現実が押し寄せる。
その果てのあっぷあっぷがこの小説だ。
だからジャーナリズムの仕事を超えて小説になってしまった。
彼が得たのは情報ではなく心身の体験だった。
ぜったいに決まり切った表現に落ち込んではいけない。
そんなもったいないことはできない。命がけなんだから。
実際、サイゴンからまた戻った戦場で彼は戦闘に巻き込まれた。
生存率8・5パーセントという激戦から生還した。
池澤夏樹
橋本治さんは先般、アートマネジメントの学生たちのためにインターンシップの心得をうかがったところ、「現場に入ったら、まずゴミを拾いなさい」と即答された。
「プロデューサーの仕事はゴミを拾うことです。全部が見えている人間にしかゴミは拾えないのだから」とさらに深遠な言葉を続けられたのである。
内田樹
人は普段、自分を含む一つの物語を想定して生きている。
まじめに会社に行って、家族を大事にしていれば幸福でいられる、という
のも一つの物語だ。それがリストラされたりすると崩れてしまう。
本人にとってはこれこそ不条理だ。
文化大革命なんて理屈に合わないことばかりが暴力的に起こって、まさに
不条理だったんだろうと思うよ。
残雪が書く話は恐ろしいけれど、その一方でなんともいえない魅力がある。
文章が詩的ですごくうまいのも理由の一つ。
『戦争の悲しみ』

"暗夜/戦争の悲しみ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 全24巻(第1集))" (バオ・ニン, 残雪)
すごく運がいいことに、日本では平和が60年以上続いている。
きみもぼくも、いや日本人のほとんどが、現実の戦争がどういうものか知
らないよね。
ある男が17歳で戦争に行った。
悲惨きわまる戦闘の日々が数年続いて、ようやく戦争は終わった。
生きて帰った彼は作家になろうと思った。自分の体験を書こうと思い立っ
た。
しかしそれはとてもむずかしいことだった。
戦争のために彼の人格は壊れてしまっていたんだ。
心がぼろぼろになっている。思い出すのも辛いことはどうやって書けばい
いんだろう。
それでも彼は書こうとする。自分の体験に意味があると信じるからだし、
死んでしまった仲間や敵があまりに哀れだから。
書くのは辛いけれど、彼は力を尽くす。
戦争はベトナム戦争であり、従軍した男バオ・ニンはベトナム人。
『戦争の悲しみ』は、戦争についての小説であると同時に、戦争について書
くことのむずかしさを書く小説でもある。読んでいて二重に息苦しい。
それでも先へ先へと読ませる力がある。そこがすごいね。
あの戦争についてはアメリカ側にもいい小説がある。たとえば、ティム・
オブライエンの『カチアートを追跡して』とかね。
だけど、彼らは遠い国に攻めていった方だ。
攻められた側とはずいぶん事情が違う。
自分の国が戦場になるというのは、成人男子だけでなく子供も老人も女た
ちも、みんなが戦闘に巻き込まれるということだ(日本でいえば沖縄戦。あ
るいは各地の空襲)。
だからこの小説には何人もの女が登場する。みんなひどい目に遭う。
主人公キエンは、戦争が終わった時、しっかりした絆で結ばれていたはず
の恋人フォンを失ってしまったことに気づく。
二人とも死なないで済んだのに、仲は元には戻らない。
戦争が彼らのセクシュアリティーを、それぞれ別のやりかたで、壊してし
まった。
彼らはまともな男と女ではなくなってしまった。
そういうところまで書いた戦争小説って、他にないよ。
戦闘のエピソードがたくさんある。
ものすごい雨の中、ある兵士が砲弾でできた穴の底で敵兵に遭遇する。
必死の思いで相手を銃剣で刺す。
でも相手の南側のベトナム兵がその前にすでに重傷を負っていたことに気
づく。
彼はなぜか相手を助けなければと思って、救急バッグを探しに行く。
すごく不思議な心理だけど、そういうことってあるんだね。
もう戦場には敵も味方も誰もいない。
大雨の中を走り回って、ようやくバッグを見つけて戻ろうとしたんだけど、
どの穴だかわからない。砲弾の穴は無数にあるんだ。
焦っていくら探しても傷ついた敵兵は見つからない。
穴には雨水がどんどん流れ込んでいる。
動けないままゆっくり溺死させてしまった兵士のことをずっと気にかけな
がら、彼は戦後の日々を生きる。
バオ・ニンは戦争の悲惨を書いた。
それ以上に戦争の悲しみを書いた。
悲惨だけならいくらでも大袈裟に書ける。
でもこんな悲しみの方はたぶん体験しないと書けないだろう。
体験したからこそ、書くのは辛かっただろう。
池澤夏樹
"熊 他三篇 (岩波文庫)" (フォークナー, William Faulkner, 加島 祥造)
フォークナーが書きたかったのは森の中の雰囲気だ。周りの木々の垂直感、
聞こえる音や、動物の匂い、光の具合、一人ぽっちの感じ、などなどで、そ
れは読んでいて総毛立つほどだよ。こんな話、ぜったい他の誰にも書けない。
池澤夏樹
「例えば、もしある朝、あなたが目覚めるとルワンダ人に変わっていたとする。飢餓と
内乱に直面するあなたは、その時も自分に自信が持てますか」。私がさらに問
いかけると、会場は深い静寂に陥った。たぶん、学生達は一度もこのような角
度から「自信」について考えてみたことがないだろう。
- 宋 文洲


この本なかなか面白いやね。 佐藤優つなが... read more
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